機械を売るのではなく、安全基準や資格といった「建てるためのルール」の側に入り込む、日本発スタートアップの参入戦略
建設用3Dプリンターを手がけるV3D Asiaは、マレーシア子会社のNuvahを通じ、同国の建設産業開発庁(CIDB)傘下のCIDB IBSと基本合意書(MOU)を2026年10月9日に締結した。オペレーターの資格制度づくり、構造計算ソフトの共同開発、モデルハウスの建設などが柱となる。6月に始めた業界標準づくりに続く動きで、同社がマレーシアで進めているのは、機械を持ち込むことより、3Dプリント建築を正式に建てられるものにするための仕組みづくりへの参加だ。
マレーシア政府系機関の公認パートナーに 合意した4つの取り組み
MOUは、高度建設技術、産業発展、グローバル技術移転に関する包括的な内容だ。相手方のCIDB IBSは、CIDBの傘下で、IBS(工業化建築システム)やモジュラー建築など先進的な建設技術の導入と標準化を、政府と業界に向けて推進する中核機関である。IBSは、工場などで製造した部材を現場で組み立てる工業化された工法の総称にあたる。
このMOUにより、NuvahはCIDB IBSの「公認戦略的3DCPテクノロジーパートナー」に位置づけられた。3DCP(3D Construction Printing)は、建設用3Dプリンターでコンクリートなどを積み重ねて建物を造る技術を指す。
合意した取り組みは次の4つだ。
- 構造計算ソフトのマレーシア仕様化: V3D Asiaが持つ「3DCP構築壁の構造強度計算システム」をマレーシア向けにローカライズし、CIDB IBSと共同で開発・運用する。3Dプリンターで造った壁が構造的に安全かを、計算で確かめるための仕組みだ。
- オペレーター資格制度の構築: CIDB IBSと共同で、3Dプリンターのオペレーター向け認定プログラムと業界トレーニングを開発する。Nuvahはその「独占的技術パートナー」として運用を支援する。
- モデルハウスの建設: CIDB IBSの敷地内で、V3D Asiaの3Dプリンターを使った100平米弱のモデルハウスの建設を計画している。
- 日本・グローバル技術移転プログラム: マレーシアの建設業界関係者が、日本の建設技術やV3D Asiaの開発・実証現場を視察する研修を実施する。
リリースによると、連携の詳細は後日、マレーシアの建設展示会「ICW(International Construction Week)/ BINA 2026」で、署名式などとあわせて披露される予定だ。
安全基準、資格、設計ツール 3Dプリント建築の「建てるためのルール」に関わる構図
今回のMOUは単発の提携ではない。V3D AsiaとNuvahは2026年6月、SIRIM Academyと、マレーシアにおける3DCPの業界標準づくりで連携すると発表した。CIDBとも、3DCPをIBSの枠組みに加えることについて協議を進めている。業界標準、工法としての位置づけ、そして今回の構造計算と資格制度と、段階を追って制度の各部分に関わってきた形だ。
制度が重要なのは、それがないと建物が売れないからだ。基準がなければ、自治体は許可を出しにくく、金融機関は融資しにくく、買い手も構造の安全性に安心できない。構造計算ソフトは「この壁は安全か」を判断する道具であり、資格制度は「誰が機械を扱ってよいか」を決める仕組みだ。どちらも、建物を許可し、お金を貸し、買ってもらうための土台にあたる。
マレーシアで3Dプリント建築そのものは新しくない。2022年10月には、地場のSarawak Consolidated Industries(SCIB)の子会社が、デンマークCOBOD製のプリンターで建てたサンプルハウスを、CIDBのクチン拠点の敷地内で公開している。今回の違いは、モデルハウスを建てて見せるだけでなく、構造の安全性を確かめる計算の仕組みと、オペレーターを認定する仕組みにまで入り込んでいる点にある。
並行して、Nuvahはセランゴール州スメニィのEco Majesticで、同社がマレーシア初とする3Dプリントの高級バンガロー「Villa Bayu」の着工を2026年11月に予定している。
AM Insight Asia の視点
建設3Dプリントの普及を分けるのは、機械の性能より、それを取り巻く仕組みを描けるかどうかだ。機械を選べる人は多いが、材料から人材、基準、需要までをつなぐ仕組みを描ける企業は少ない。技術の外側にある行政や規格、資金の流れまで設計する必要があるからだ。V3D Asiaがマレーシアで進めているのは、まさにそのエコシステムづくりである。中でも今回のMOUで重いのは、構造計算ソフトと資格制度の2つだ。どちらも、一度制度に組み込まれると、後から来る企業がその前提に合わせることになる性格を持つ。
新しい技術を広めようとするとき、機械や技術の導入は進められても、それを扱う人の教育や資格は見過ごされがちだ。その結果、機械はあっても人がいなくて運用できない、という状態に陥りやすい。そして、技術の価値が機械単体の導入効果だけで判断されてしまう。今回のMOUは、資格制度と業界トレーニングを国の機関と共同で最初から柱に組み込んでおり、人を育てる側から普及の道筋をつけている。その意味で、順番として理にかなった進め方だ。
構造計算がV3D Asiaのシステムをもとに運用され、オペレーター認定でNuvahが独占的技術パートナーを務めるなら、他社のプリンターを使う事業者も、V3D Asiaが関わった物差しで評価され、そこで育った人材を雇うことになりうる。COBODのような先行する海外メーカーにとっては、機械の性能とは別のところで差がつく構図だ。
一方で、これは制度の信頼性という課題も抱える。国の資格や安全基準が特定企業のソフトや研修に依存すれば、中立性を問う声が出てもおかしくない。業界全体に開かれたエコシステムになるのか、V3D Asiaを中心にしたエコシステムになるのか。その分かれ目は、他社製の機械や材料でも使える基準になるかどうかにある。基本合意の段階では、その線引きはまだ見えない。
この制度づくりは、V3D Asia自身の事業にも直結する。材料から建物、不動産までを一貫して手がける同社にとって、許認可や融資の道筋が整うことは、Villa Bayuのような自社開発案件の売りやすさと資金の集めやすさを左右する。制度への貢献と自社の事業性が、ここでは同じ方向を向いている。
次に注目すべきは、ICWでどこまで具体的な中身が示されるかだ。資格制度の開始時期、構造計算ソフトの適用範囲、そして他社製プリンターの扱いが明らかになれば、この提携が業界全体の基盤になるのか、一社の参入戦略にとどまるのかが見えてくる。
対象企業について
V3D Asia 独自の材料開発を起点に、建設用3Dプリンティング技術、建築システム、空間・不動産開発までを一貫して手がける建設テクノロジー企業。本社は東京都千代田区。代表者はGroup Chairman & CEOの小野和宏氏、Japan CEOの淺見潤氏。 ウェブサイト:https://v3d.asia/
Nuvah V3D Asiaグループのマレーシアにおける商用展開を担う事業会社。所在地はクアラルンプール。代表者はMalaysia CEOのBoywin Lee氏。V3D Asiaの材料と建設用3Dプリンティング技術を、住宅、ヴィラ、リゾートなどの建築・不動産プロジェクトとして展開している。 ウェブサイト:https://www.nuvah.com.my/







