ロシア製AMがインドISROに納入、制裁がロシアAMを加速させた

5月 14, 2026

RusBeam 2800, now India's largest electron-beam wire deposition 3D printer operating under vacuum.

電子ビーム積層造形(EBAM)の最大機がISROのロケット開発拠点へ

ロシアの国営企業Rosatomの燃料部門は2026年4月、自社開発の電子ビーム積層造形(EBAM)システム「RusBeam 2800」をインドに納入し、稼働開始を確認した。導入先はインド宇宙研究機関(ISRO)のVikram Sarabhai Space Centreに設置されたAdditive Manufacturing Research and Development Centerで、Gaganyaan有人宇宙飛行、Bharatiya Antariksh宇宙ステーション、Chandrayaan月探査といった主要ミッション向けの大型金属部品製造に使用される。

Rosatomにとって、ロシア国外の「遠方外国(дальнее зарубежье)」への産業用3Dプリンター初輸出となる。契約は国際競争入札を経て締結された。

ISROのAM戦略と、今回の積層造形導入の位置づけ

ISROがAMに本腰を入れ始めたのは近年のことではない。

2024年5月、ISROはPSLVの第4段エンジン「PS4」をLPBF(レーザー粉末床溶融結合)技術で製造し、665秒間の燃焼試験を成功させた。従来14部品で構成されていたエンジンを1部品に集約し、溶接箇所を19カ所削減。製造はインド国内のWipro 3Dが担い、製造コストと原材料使用量の大幅削減を実現している。インド政府はAMを国家戦略として位置づけており、2025〜26年度までにグローバルAM市場の5%獲得、AM関連スタートアップ100社育成などの目標を掲げている。

こうした流れの中で、今回ISROが調達したRusBeam 2800は既存のLPBF機とは用途が異なる。高さ2.8メートル、重量4トンまでの大型チタン合金・超合金部品を真空環境下で電子ビームを使って造形できる。既存装備では対応できない「大型・難加工材・ニアネットシェイプ」という領域を補完する機材として位置づけられた。

ISROのVessangi Anilkumar副所長は「この技術により、宇宙環境が要求する材料健全性を維持しながら、航空宇宙構造物のリードタイムを大幅に短縮できる」とコメントしている。

インドという国の買い方、Make in Indiaの実像

今回の調達を理解するには、インドの戦略的調達哲学を知る必要がある。

インドは長年「戦略的自律性(Strategic Autonomy)」を外交の核心原則としてきた。特定の陣営に依存せず、複数の大国と実利的に関係を結ぶ「マルチアライメント」路線だ。防衛調達がその典型で、ロシア製S-400防空システム、フランス製ラファール戦闘機、米国製ドローン・監視システム、イスラエル製レーダー・ミサイル技術と、調達先を意図的に分散させてきた。

宇宙・AM分野も同じ構造だ。ISROは自国でできることとできないことを冷静に把握している。LPBFによるエンジン製造はすでにWipro 3Dという国内企業が担える。しかし高さ2.8メートル規模の大型EBAM機はまだ国内にない。であれば最善の外国技術を迷わず使う。その判断基準はイデオロギーでも外交関係でもなく、「今この技術を誰が最も適切に提供できるか」だ。

そしてRosatom自身がすでに追加供給・共同R&D・インド国内での製造拠点化について協議中であることを明かしている。機械を導入するだけでなく、使いながらノウハウを蓄積し、将来的には自国でという道筋が最初から設計されている。これがMake in Indiaの実像だ。

Rosatomとは何者か、なぜAMをやっているのか

Rosatomはロシアの国営原子力持株会社で、国内外の原子力発電所の建設・運営、核燃料サイクル、核兵器管理などを担う。世界の原子力発電所建設市場でシェア約20%を持つ大手だ。

同社がAMに参入した理由は2つある。ひとつは技術の内部活用だ。原子炉部品は複雑形状・難加工材が多く、AMとの親和性が高い。もうひとつは事業多角化だ。Rosatomは2020年に策定した戦略で、2030年までに収益を4兆ルーブルへ3倍増する目標を掲げ、その40%を非核事業から生み出す方針を打ち出した。AMはその柱のひとつに位置づけられており、AM事業の統括子会社RusATを2018年に設立し、プリンター・粉末・ソフトウェア・サービスを一括提供する体制を構築してきた。

制裁がロシアAMを加速させた3つのフェーズ

AMメディアの視点からすると、ロシア製産業用3Dプリンターはほぼ報道対象外だった。しかしその裏側では、段階的な成長が着実に進んでいた。

フェーズ1:戦略的注力(2014〜2021) Rosatomは2014年からAM開発を開始し、2016年に初の金属3Dプリンターを発表。2018年にRusATを設立し、2020年にはモスクワにAdditive Technologies Centerを開設した。原子炉部品への内部活用と事業多角化を動機として、プリンター・粉末・ソフトウェアを自社開発する体制を着々と構築していた。

フェーズ2:制裁による強制加速(2022〜) 2022年の制裁発動後、欧米主要AMメーカーの多くがロシアでの事業停止を宣言した。外国製機器・部品・ソフトウェアへのアクセスが断たれたことで、「やりたかった国産化」が「やるしかない国産化」に変わった。結果として2023年末のロシアAM市場は当初2030年達成目標だった規模をすでに超え、航空・宇宙・防衛分野が市場の約50%を占めるまでに成長した。

フェーズ3:新たな輸出産業の誕生(2026) 国産化が成熟し、ロシアはAMという新しい武器を手に入れた。その最初の一撃が、ISROへのRusBeam 2800納入だった。2026年1月、米国はFY2026国防権限法(NDAA)第849条においてロシア製AMシステムの国防調達を明示的に禁止した。これは見方を変えれば、ロシア製AMが「対処すべき脅威として認識されるレベルに達した」ことを米国が認定したとも読める。

AM Insight Asia の視点

今回の案件が示しているのは、AMの産業導入における2つの成熟した戦略だ。

ひとつはロシアの戦略。進歩は不便や制約の中から生まれる。外国技術へのアクセスが断たれたという不便が、機械・材料・ソフトウェア・サービス・現地化可能性までを自前で揃えるという必要性を生んだ。その必要性が、結果として国際入札を制するフルスタックエコシステムを作り上げた。

もうひとつはインドの戦略。自国の現在地を冷静に把握し、できることは国内で、できないことは最善の外国技術で補い、使いながらノウハウを蓄積して将来の自立につなげる。欧米・中国・ロシアを戦略的に使い分けながら、その根底には一貫してMake in Indiaがある。

アジアの宇宙・航空産業がAM調達を検討するとき、選択肢の地図は欧米中心から静かに塗り替わりつつある。そして調達の設計思想そのものも問われている。日本の宇宙・航空サプライヤーは、自分たちが今できることとできないことを、インドと同じ解像度で把握できているだろうか。