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Nano Dimension、MarkforgedをStratasysに売却。迷走の果てに

5月 28, 2026

The deal that marks the end of an AM empire. | Image: AM Insight Asia

5年で消えた1,500億円、彼らは何を夢見て何を失ったのか

2026年5月27日、Nano Dimension(Nasdaq: NNDM)はMarkforged, Inc.をStratasys Ltd.(Nasdaq: SSYS)に4,250万ドル(約67億円)で売却すると発表した。全額現金による取引で、クロージングは2026年下半期を予定している。

しかしこのニュースの本質を理解するには、2020年まで遡る必要がある。今回の売却は単独の出来事ではなく、5年間にわたる野望と失敗の連鎖の、現時点での終着点だからだ。

Nano Dimensionとは何者か。そして5年間に何が起きたのか

時期出来事
2019年末キャッシュわずか400万ドル(約6億円)。イスラエル発の小さな電子回路向け積層造形企業に過ぎなかった
2020–2021年AMバブルと株価急騰の波に乗り、CEO Yoav Sternの主導のもとATM(At-The-Market)増資を連発。売上がほぼゼロの段階で13億6,000万ドル(約2,160億円)のキャッシュを積み上げた。この時点でNano Dimensionは「売上のない金庫番」だった
2022–2023年Admatec、DeepCube、Fabricaなど小型M&Aを開始。そして2023年、SternはStratasysそのものを買収しようとした。1株18ドルから始まり、拒否されるたびに20.05ドル、24ドルと3度値を上げた。Stratasysの取締役会は3度全会一致で拒否。「大幅な過小評価であり株主の利益にならない」と断言した
2024年7月Desktop Metal買収を発表($179.3M=約284億円)
2024年9月Markforged買収を発表($116M=約184億円)。Desktop Metal、Markforged、Nano Dimensionを統合し、樹脂・金属・ソフトウェアを垂直統合したAMプラットフォーム企業を作るというSternの構想が出揃った。合算売上3億4,000万ドル、AM業界のワンストップリーダーへ。それが夢だった
2024年12月アクティビスト投資家Murchinson Ltd.(株式保有比率7.1%)が2年以上にわたる法廷闘争と株主運動の末、年次株主総会でSternを取締役会から追放することに成功。同年12月26日、SternのCEO解任が発表された。Murchinsonは一貫して「両買収は割高・的外れ」「株主から集めたキャッシュを経営陣が帝国建設に使っている」と主張し続けていた
2025年3月デラウェア州裁判所がNano DimensionにDesktop Metal買収の完了を命令。Nano Dimensionは買収を撤回しようとしたが、Desktop Metal側の提訴により強制的に完了させられた
2025年4月2日Desktop Metal買収完了($179.3M=約284億円)
2025年4月25日Markforged買収完了($116M=約184億円)。この時点でキャッシュは8億4,000万ドルから5億5,100万ドルへと一気に減少
2025年7月28日Desktop MetalがChapter 11(米国破産法)を申請。買収完了からわずか117日後。コア資産の最終売却額は700万ドル(約11億円)。買収額の4%以下だった
2025年通期Desktop Metal破産処理で減損損失1億3,940万ドルを計上。純損失は2億9,360万ドル(約466億円)に達した
2026年4月AME(Additively Manufactured Electronics)とFabricaの両製品ラインをInspira Technologiesに最大1,250万ドル(約20億円)で売却
2026年5月27日MarkforgedをStratasysに4,250万ドル(約67億円)で売却発表。買収額1億1,600万ドルの36%に過ぎない

買収と売却、失われた金額

買収・売却損益

対象買収額売却額損失備考
Desktop Metal$179.3M(約284億円)$7M(約11億円)約$172M(約273億円)買収完了117日で破産
Markforged$116M(約184億円)$42.5M(約67億円)約$73.5M(約117億円)買収額の36%で売却
AME / Fabrica不明最大$12.5M(約20億円)不明Inspira Technologiesへ

Nano Dimensionキャッシュ推移

時期キャッシュ主な出来事
2019年末$4M(約6億円)上場前の小企業
2020年末$671M(約1,067億円)ATM増資開始
2021年末$1.36B(約2,162億円)ピーク
2025年3月末$840M(約1,336億円)大型買収直前
2025年6月末$551M(約876億円)両社買収完了
2025年12月末$460M(約731億円)Desktop Metal破産処理後
2026年(売却後)約$500M(約795億円)想定Markforged売却完了後

つまりピークから5年足らずで約1,500億円を失ったことになる。株主からしたらとんでもないことだ。

AM帝国の構想と、その前提が崩れた瞬間

Sternが描いた構想は、AM業界における垂直統合プラットフォームだった。Nano Dimension(精密樹脂・電子回路)にDesktop Metal(金属AM・バインダージェット)とMarkforged(連続繊維強化樹脂+金属)を加え、素材・ハードウェア・ソフトウェアを一社で提供する。防衛・航空宇宙・医療・自動車など、あらゆる産業向けに「AMのワンストップ企業」になるという絵図だった。

この構想の前提は3社が揃うことだった。しかしDesktop Metalが買収完了からわずか117日で破産した時点で、三本柱の真ん中が抜け落ちた。AM帝国は完成する前に崩れ落ちていた。

ここで一つ立ち止まって考えるべき問いがある。Desktop Metalは本当に「破産した」のか。

買収前からDesktop Metalの財務状況は厳しかった。毎月数百万ドルのキャッシュバーン、1億ドルを超える無担保債務、弁護士費用だけで4,000万ドル超。Nano Dimensionが買収を渋ったところをDesktop Metal自ら提訴し、裁判所に買収を強制させた。そして買収完了からわずか117日で破産申請。結果として、Nano Dimensionの株主が約284億円の損失を被り、Desktop Metalの債権者が一定の救済を受けた構図になっている。意図があったかどうかは証明できないが、そう見えなくもない。

2023年の因縁、そして2026年の皮肉な逆転

2023年、Nano DimensionはStratasysを買収しようとしていた。1株18ドルから3度値を上げ、最終的に24ドルまで提示した。Stratasysの取締役会は3度全会一致で拒否し「大幅な過小評価」と言い切った。

その同じStratasysが2026年、Nano Dimensionの子会社であるMarkforgedを4,250万ドルで買っていく。

買収しようとした相手に、3年後に子会社を安値で売る。AM業界でこれほど皮肉な逆転劇はそうそうない。

なぜStratasysはMarkforgedを買ったのか。そして金属AMはなぜ残ったのか

StratasysがMarkforgedを買った理由は明確だ。カーボンファイバーを使った連続繊維強化樹脂AMの領域では、MarkforgedとStratasysは長らく二強として市場をリードしてきた。中国勢の台頭が始まりつつあるとはいえ、この領域での競争優位はまだ両社にある。Stratasysにとって今回の買収は単なる資産取得ではない。競合を市場から取り込みながら、技術・ブランド・15,000台超の顧客基盤を4,250万ドルという価格で手に入れる、一石二鳥の一手だった。Nano Dimensionの迷走がなければ、この価格でこの資産は手に入らなかった。

Stratasysがポリマーに一貫して注力していることは、その買収履歴が物語っている。Origin Laboratories(2020年、P3フォトポリマー技術)、RPS(2021年、産業用SLA)、Xaar 3D(2021年、SAFパウダーベッド)、Covestro AMビジネス(2023年、樹脂材料・数百件の特許)、Forward AM Technologies(2025年5月、SAF・DLP向け材料)、Nexa3D(2025年6月、高速レジンプリンター)。全てポリマー・複合材の強化に向いている。

金属AMにはEOS、Nikon SLM Solutionsを筆頭に、新興勢力の中国勢であるBLT、Farsoon、Eplus3Dという強力な競合がひしめき合っており、新たに参入する意味はないだろう。Nano Dimensionは金属ラインを「保持する」と発表しているが、Stratasysに引き取ってもらえなかったと見るのが自然かもしれない。そもそもNano Dimensionが金属AMだけを手元に残す理由はない。

株主の反乱と、問われる経営責任

現在のNano Dimensionの主要株主構成は以下の通りだ。Murchinson Ltd.が7.4%(約15,550,000株)を保有し最大の機関投資家株主。Anson Funds Managementが約9%、Boothbay Fund Managementが約3.5%。機関投資家全体で約33%、残り約66%は個人投資家が保有している。

Murchinsonは2022年から一貫してSternの経営を批判してきた。「両買収は割高・的外れ」という主張は、結果として的中した。Desktop Metalは破産し、Markforgedは買値の36%で売却され、5年足らずで約1,500億円のキャッシュが消えた。

そのMurchinsonが今また動き始めている。2026年5月19日にSchedule 13D/Aを提出し、臨時株主総会の開催を要求。「8ヶ月間、戦略的検討はほとんど進展していない」と取締役会を批判し、6月3日に投資家向け電話会議の開催を発表した。

Nano Dimensionの取締役会はこれに対し「対価を支払わずに会社を支配しようとしている」と反論している。ただし結果だけ見れば、5年で約1,500億円のキャッシュが失われた。誰が会社を支配すべきかという問いの前に、株主利益をここまで毀損した経営判断への評価は避けられないだろう。

Phase 3の正体。Nano Dimensionは何を目指すのか

Nano Dimensionは現在、3つのフェーズからなる戦略計画を進めている。Phase 1はコスト削減と効率化、Phase 2は製品ラインの売却による財務強化、そしてPhase 3は長期的な株主価値を最大化するための戦略的代替案の検討だ。Desktop Metalの破産処理、AME・Fabrica売却、そして今回のMarkforged売却はいずれもPhase 2の一環として実施された。ではPhase 3の正体とは何か。

現在Nano DimensionはGuggenheim SecuritiesとHoulihan Lokeyという2社のアドバイザーを起用し「Phase 3:戦略的代替案の検討」を進めている。Guggenheimが残存製品ラインの売却を、Houlihan Lokeyが「公開企業としての財務資源の活用」を担当しているとされる。

この2社の役割分担が何を示唆しているのか。製品を売り終えた後のNano Dimensionに残るのは、NASDAQの上場資格と約4億6,000万ドル(約731億円)のキャッシュだ。

ここで注目されるのがリバースマージャー(逆さ合併)の可能性だ。リバースマージャーとは、非上場企業がすでに上場している企業と合併することで、通常数年を要するIPO審査や数十億円のコストをかけずに証券取引所への上場を果たす手法だ。すでに上場資格を持つ企業の「箱」を活用するため、シェル合併とも呼ばれる。NASDAQに上場したい有望な非公開企業にとって、上場資格と約731億円のキャッシュを持つNano Dimensionは極めて魅力的なビークルとなり得る。

リバースマージャーや別企業との合併を含む抜本的な方向転換も選択肢に含まれている可能性があり、業界関係者の間では様々な憶測が飛び交っている。

こうしたシナリオの現実味を高めているのが株主構成だ。Nano Dimensionの主要株主の多くはMurchinson、Anson Funds Management、Boothbay Fund Managementといったヘッジファンドだ。長期的なAM事業の成長より、保有資産の換金を優先する傾向を持つ彼らにとって、上場資格とキャッシュを活用したリバースマージャーは合理的な出口戦略となり得る。株主構成そのものが、この方向転換の可能性を後押ししていると見る向きもある。AM業界のワンストップ企業を夢見た会社が、最終的にAM企業ですらなくなるかもしれない。

Murchinsonの警告は結果として正しかった。しかし正しかったとしても、消えた1,500億円は戻ってこない。そして今、現経営陣がこの結果にどう向き合い、Phase 3で何を示すのか。答えはまだ出ていない。

AM Insight Asia の視点

今回の一件はNano Dimension一社の失敗ではない。2020年から2022年にかけてのAMバブルの時代、欧米のAM企業はSPACや増資で集めた資金を手に、次々と買収を重ねた。Desktop Metal、Markforged、Velo3D。いずれも華々しくNASDAQに上場し、業界再編の旗手として注目を集めた。しかしその多くが今、過剰拡大の清算を強いられている。自ら踊り、自ら舞台から降り始めているのだ。

その間、中国勢は静かに、しかし着実に力をつけてきた。BLT、Farsoon、Eplus3Dといった企業は派手な買収劇とは無縁のまま、技術と製造能力を積み上げ、今や欧米製に匹敵すると評価される金属AMシステムを世界市場に送り出している。欧米が内部の混乱に明け暮れている間に、アジア勢は地力を蓄えた。

AMバブルの後遺症に苦しむ企業はNano Dimensionだけではない。この痛みを伴う生き残りの時代はそろそろ終盤に差し掛かっているのか、それともまだ続くのか。答えはわからない。ただ一つ言えることは、舞台が静まった後に残っているのが誰なのかを、今のアジア市場は注意深く見ている。