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日は昇れない:ASTM認証「パスポート」を逃す日本のリスク

2月 17, 2026

The rulebook for global AM is being written. China is at the table. Singapore is at the table. South Korea is at the table. Where is Japan?

アジアのライバルに囲まれ、ルールを作る側に日本はいるのか

日本のAM業界が深刻な岐路に立たされている。ASTM認証という「グローバルパスポート」の取得で遅れを取るだけでなく、より根本的な問題が存在する。国際規格策定の場への組織的参加の欠如だ。中国、韓国、シンガポールが国を挙げて標準化戦略を推進する中、日本は危機感を抱く一部の個人レベルの活動に依存している。ルールを作る側に組織として参加できなければ、日本のAM産業に未来はない。

ASTMとは何か、なぜそれほど重要なのか

ASTM Internationalは1898年創設、12,575以上の技術標準を発行する世界最大級の標準化団体だ。150カ国以上、30,000人以上の専門家が参加している。しかしASTMが単なる「技術標準」以上の意味を持つのは、それが産業の未来を決めるルールブックだからだ。

1995年のNational Technology Transfer and Advancement Actにより、米国連邦政府はASTM等の民間標準を優先使用することが法律で義務付けられた。Boeing、Lockheed Martin、Ford、GMなど大手OEMは、サプライヤーにASTM準拠を要求する。「ASTM規格準拠」は国際取引の共通言語であり、これなしでは製造物責任訴訟で不利になり、グローバルサプライチェーンから排除される。

AM業界では2009年にASTM F42委員会が設立され、2011年にはISO/TC 261との協力協定が締結された。現在、1,000名以上の専門家が参加し、28カ国が関与する。航空宇宙、医療機器、自動車など規制産業では、ASTM/ISO規格準拠が事実上の必須条件だ。

しかしASTMの本質的重要性は、外向けの信用だけではない。それは組織内部での「安心」も提供する。

AMは既存工法(鋳造、切削、鍛造)とは根本的に異なる。層ごとに材料を積み上げるプロセスには、従来工法にはない残留応力、異方性、粉末管理などの問題がある。既存の検査基準を適用していいのか。どこまで検証すれば十分なのか。現場の技術者は手探り状態だ。

ASTM規格はAM特有のプロセスを前提とした基準を提供する。1,000名以上の専門家(材料メーカー、装置メーカー、ユーザー企業、研究機関、規制当局)が議論して作った基準。これは個人や一企業の判断ではなく、業界の集合知だ。「何を検証すべきか」「どこまでやれば十分か」という現場の不安に、明確な答えを与える。

そしてASTM規格は「プロセス認証」という革新的概念を導入した。従来の品質保証は完成品の検査だが、AM部品は内部構造が複雑で完全な検査は困難だ。そこでIQ/OQ/PQ(設置時/運転時/稼働性能適格性評価)により、最初に徹底的な検証を行い、プロセスを認証する。認証後は、同じプロセスで作れば同じ品質が得られるため、抜き取り検査で済む。検査のスピードと品質保証を両立させる方法だ。

しかし、ここで決定的な問題が生じる。「では、ASTM規格通りで本当に良いのか。」

ASTM認証のルールを作るのは誰か:会議室に誰が座っているか

ASTM F42委員会には1,000名以上のメンバーがいる。ISO/TC 261には26〜27カ国が参加している。日本も参加している。しかし参加の「質」が問題だ。

中国は2023年、BLT(Bright Laser Technologies)を通じてASTM戦略的パートナーになった。アジアで初の快挙だ。これは個人の参加ではなく、企業と国家の組織的戦略である。ASTM中国オフィスが設立され、マンダリン対応のインフラが整備された。

シンガポールはST Engineering Land Systemsが2023年にAMQ認証を早期取得し、A*STAR(政府研究機関)が標準化活動を組織的に支援している。

韓国はKATS(韓国技術標準院)が組織的に関与し、SIMTOS 2024でAM認証セミナーを開催した。ASTM InternationalのAndy Lu氏は日本、韓国、中国、シンガポール、マレーシア、タイ、インドで100回以上のトレーニングセッションを実施している。

一方、日本は。

JAMPTが2024年1月にTÜV SÜD経由でISO/ASTM 52920認証を取得し、Nikon本社でトレーニングが開催された。しかし全体としては極めて限定的だ。

経産省は装置購入補助金は潤沢だが、国際標準化活動への予算はほぼゼロ。J3DPA(日本3Dプリンティング産業技術協会)は予算・人員・権限が不足している。大学は個別に優れた研究を行うが、国際標準化への組織的関与はない。大手企業は「独自規格でいい」と考え、中小企業は「ASTMを知らない」。いや「知ろうともしない」。

ISO/TC 261やASTM F42に参加する日本人はいる。しかし組織的な支援体制は見えにくい。危機感を抱いた一部の個人が、善意と使命感で参加しているケースも少なくないだろう。所属機関からの支援が限定的であれば、個人が自腹と自分の時間を投じて年2回の海外会議に出席することになる。人事異動で担当者が変われば、活動の継続性が危うくなる。若手が参加する余裕があるかは疑問だ。情報が組織内、ましてや業界全体で十分に共有されているかも不透明だ。

これは「組織的戦略 vs 危機感を抱く一部の個人」という、極めて非対称な戦いだ。

「必要な品質」の定義権を失うリスク

ASTM規格は「用途ごとの必要な品質」を定義する。航空機エンジン部品には厳格な基準が必要だが、試作品には不要だ。しかし日本企業は、全てに最高品質を求めてしまう傾向がある。

テレビの例を考えてみよう。電子部品は5〜7年で性能劣化または陳腐化するが、日本メーカーはネジに30年持つ品質、筐体に20年持つ品質を持たせる。電子部品が壊れて買い替えても、筐体は新品同様だ。つまり、不要な品質にコストをかけていた。パソコンも同じだ。3〜5年で機能的に陳腐化するのに、10年持つ筐体を作る。

このこだわりが「メイドインジャパン神話」を生んだ。日本製は壊れない、長持ちする。これは事実であり、強みだった。しかし同時に、過剰品質によるコスト高が価格競争力を低下させた。市場が求める「必要十分な品質」を超えていたのだ。

ASTM規格策定の場では、この「必要な品質」が議論される。航空宇宙部品なら厳格に、試作品なら効率重視で。欧米企業は「データで証明できればOK」と考え、日本企業は「万が一を考えて」と安全マージンを取る。どちらが正しいわけではない。文化の違いだ。

しかし日本が参加していなければ、欧米の「データ重視、効率重視」だけで規格が作られる。日本企業から見ると「緩すぎる」基準が航空宇宙部品に適用される可能性がある。逆に、試作品にも過剰な品質を求め続け、コスト高で競争力を失う。

日本がASTM規格策定に組織的に参加すれば、航空宇宙部品では日本の厳格さを国際標準に反映させ、試作品では過剰品質を避ける基準を学べる。メリハリのある品質戦略が可能になる。

参加しなければ、全てに過剰品質を追求するか、国際標準を信用できず独自基準を維持するか。どちらにしてもガラパゴスだ。

携帯電話、液晶テレビ、半導体、クラウドコンピューティング。日本は技術で優位に立ちながら、標準化とエコシステム構築で繰り返し敗北してきた。AM業界も同じ轍を踏もうとしている。違いは、今回は「組織 vs 組織」ではなく、「組織的戦略 vs 危機感を抱く一部の個人」という、より非対称な戦いになっていることだ。

AM Insight Asia の視点

日本のAM業界は三重の危機に直面している。

第一に、ASTM認証取得の遅れによって、グローバルサプライチェーンから排除されるリスク。第二に、国際規格策定への影響力不足。そして第三に、最も深刻なのは組織的支援体制の不在と、危機感を抱く一部の個人への依存だ。

この意味で、政府・省庁・企業によるAM戦略の欠如こそが、日本の致命的な課題だ。

日本はそもそも、経営層や意思決定層がASTM認証の重要性と日本の課題を学ぶ機会を用意しているのか。AM展示会に、そうした層はほとんど現れない。現場が危機感を抱いていても、意思決定権を持つ層が動かなければ、組織的戦略は生まれない。そして日本の製造業・AMメディアは、3Dプリンターのスペックや事例紹介ばかりで、AMのエコシステムや戦略を論じる記事はほぼない。メディアの質が低すぎる。だから経営層に情報が届かない。

日本の技術者や研究者が優秀でないわけではない。むしろ、組織的支援なしに危機感だけで奮闘している姿は、ある意味で英雄的ですらある。しかし英雄主義では国際標準化戦争に勝てない。個人の善意に国の未来を託すことはできない。

中国・韓国・シンガポールのように、政府・企業・大学が連携し、継続的に人材を派遣し、予算を確保し、情報を共有し、国際標準に自国の技術と知見を反映させる。そういう体制を、今すぐ作らなければならない。

必要なのは、もはや個人の努力ではない。組織的支援体制の構築だ。

日本では、現場が自分たちの判断だけで検証を行っている。その結果、全責任を負えず、次のステップに進めない。当然だ。世界と一企業の経験値の差は圧倒的だ。時間もかかる。コストもかかる。

日本の「ものづくりへのこだわり」は、航空宇宙・医療機器など絶対に失敗できない分野では強みになる。しかしその強みを国際標準に反映させなければ、「過剰品質」「非効率」と見なされるだけだ。

ASTM規格策定に組織的に参加すれば、クリティカルな用途には日本の厳格さを反映させ、そうでない用途では過剰品質を避けられる。強みを活かし、弱みを克服する機会がそこにある。

さもなければ、日本は永遠に「ルールテイカー」の立場に留まる。技術があっても、標準化で負ければ市場を失う。危機感を抱く一部の個人の善意に依存する限り、組織的戦略を持つ国々には勝てない。そして日本のAM産業は、また「ガラパゴス」になる。