作って渡す、それはプロとして責任を負うことだ
自分で作ったものを人に渡す。売る。プレゼントする。データを販売する。どれも「ものを作って届ける」という行為だ。
でも、ちょっと待ってほしい。
あなたが渡した瞬間から、そのものに関する責任はあなたが負う。購入者が何をするか、どう使うか、誰が触れるか。それはもうあなたには制御できない。しかし責任だけは残る。
この記事は責める記事ではない。製造業では当たり前に知られていて、個人メイカーには届いていない知識を、具体的な事例とともに伝えることで、気づきを促すために書いた。
一点、あらかじめ伝えておきたい。筆者は法律の専門家ではない。この記事は法的判断を提供するものではなく、あくまでも「こういう問題が存在する」という気づきを届けることを目的としている。個別のケースに対する判断や対応については、弁護士など専門家への相談を強くお勧めする。知識は気づきの入口に過ぎない。その先は、必ずプロの手を借りてほしい。
また、この記事で取り上げる問題は世界共通のテーマだが、法律・規制に関する記述は日本法を基準としている。他国でご覧の方は、各国の法令を別途ご確認いただきたい。
なお、著作権・データ流通・スキャン・SNS投稿に関わる権利の問題については姉妹記事「3Dプリンターを始める前に知ってほしいこと(前編):権利」で詳しく解説している。
PL法とは何か。「知らなかった」では済まされない理由
製造物責任法(PL法)は1995年に施行された。製造物の欠陥によって生命・身体・財産に損害が生じた場合、被害者は製造業者等に損害賠償を求めることができると定めている。
この法律で最も重要なのは「無過失責任」という考え方だ。
通常の損害賠償では、被害者側が加害者の「故意または過失」を立証しなければならない。しかしPL法では違う。製造物に欠陥があって損害が出た、その事実だけで責任が発生する。「悪気がなかった」「知らなかった」「趣味でやっていただけ」は免責にならない。
そしてこのPL法は、個人のハンドメイド販売にも適用される。BOOTHやminneで売った3Dプリント製品が原因で購入者に損害が出れば、たとえ趣味の延長であっても、製造者として責任を問われる可能性がある。
PL法が定める欠陥には3種類ある。
設計上の欠陥は、安全性を考慮しない設計により製品が危険になること。製造上の欠陥は、製造工程で材料の混入や組み立てミスにより安全性が損なわれること。そして指示・警告上の欠陥は、危険を回避するために必要な情報を伝えなかったことで安全性が損なわれること。
3つ目が特に重要だ。製品自体に問題がなくても、「使い方の注意を伝えなかった」ことで責任を負う可能性がある。
趣味と事業の間にあるグレーゾーン
「趣味でやっているだけだからPL法は関係ない」。そう思っている人は多い。しかしこの判断は非常に危うい。
PL法が適用される「製造業者等」とは、「業として」製造・加工した者を指す。「業として」とは事業活動の一環として反復継続して行うことを意味する。しかし何回販売したら「業として」になるのか、法律上の明確な基準は存在しない。
ここにグレーゾーンが生まれる。
「趣味で作ったものを少し売った」「副業として時々出品している」「友人からお金をもらって作った」。これらは一見、事業とは言えない規模に見える。しかしBOOTHやminneに出品して繰り返し販売している場合は「反復継続」として「業として」に該当する可能性が高い。さらに初めての販売であっても、今後も続けるつもりがあれば「業として」に含まれる可能性があるとされている。
また、友人に無償でプレゼントした場合はどうか。これもPL法の対象は「引き渡した」ことで発生するため、有償・無償を問わず損害が発生した場合は民法上の不法行為責任を問われる可能性がある。
「趣味か事業か」という境界線は、本人の意識ではなく行為の実態で判断される。その実態が曖昧であれば曖昧なほど、グレーゾーンに置かれ続けるリスクがある。判断が難しい場合は、専門家に確認することを強く勧める。
製品を買うとついてくる「あの紙」の正体
製品を買うと、注意事項が書かれた紙が入っている。読んだことがある人は少ないかもしれない。
しかしあの紙は、あなたを守るためではなく、作った人を守るために存在している。
プロの製造業が「あの紙」に書いている内容を見ると、その精密さに驚く。
対象年齢の明示(「3歳以上」「大人の監督のもとで使用してください」)、使用条件(「直射日光を避けてください」「水に濡れた状態で使用しないでください」「耐荷重○kg以内」)、禁止事項(「火気の近くに置かないでください」「分解しないでください」「口に入れないでください」)、警告(「破損した場合はすぐに使用をやめてください」「小さな部品が含まれています。誤飲注意」)、製造情報(製造者名・連絡先・製造年月・素材名・原産国)。
これらは親切心ではない。法的責任から自分を守るための必要事項だ。
買った人がどう使うかは、売った人には制御できない。正しく使ってくれると期待するのではなく、「最悪の使い方をされても誰も傷つかないか、少なくとも警告はしたか」という視点で設計し、注意事項を書く。それがプロの製造業の考え方だ。
指示・警告上の欠陥として責任を問われないためには、想定されるすべての使い方に対して先に手を打っておく必要がある。あの紙はその証拠だ。
3Dプリンターで作って売った製品の商品説明欄に、これらが書かれているだろうか。ほとんどの場合、答えはノーだ。
プロの製造業はここまでやっている
個人メイカーが知らない、製造業の「見えない工程」がある。
製品が消費者の手に届くまでに、プロの製造業は少なくとも4つの検査工程を経る。
受入検査では、仕入れた材料・部品が基準を満たしているか確認する。工程内検査では、製造中に規格通りに作られているか確認する。最終検査では、完成品が仕様通りか確認する。そして出荷検査では、梱包・保管後も品質が保たれているかを確認する。
さらに出荷判定には、品質試験結果だけでなく製造記録書・設備洗浄記録書・ラベル管理記録書・異常報告書・分析証明書をすべてチェックした上で承認が行われる。
3Dプリンターで作って売る個人には、この工程は存在しない。
また製造業では、役割が分担されている。ものを作る人、品質を管理する品質保証部門、安全性を確認する専門チーム。それぞれが互いをチェックする体制がある。個人メイカーはそのすべてを一人でこなさなければならない。知識がなければ、誰も止めてくれない。
盲点:フィラメントより怖い「工程で使うもの」
フィラメントやレジンの安全性を気にしている個人メイカーは増えてきた。しかし製造工程で使うものへの意識は、ほぼゼロに近い。これが最も深刻な盲点だ。
3Dプリントの工程で使われるものを列挙してみよう。
ベッド密着のためのスティックのりやヘアスプレー。サポート材剥離のためのアルコールやアセトン。表面処理のためのエポキシ樹脂やコーティング剤。塗装に使うアクリル塗料やラッカー。接着に使う瞬間接着剤やエポキシ系接着剤。仕上げのUV樹脂コーティング。レジンプリントの洗浄に使うIPA(イソプロパノール)。
これらが製品表面に残留したまま出荷されているケースがある。
「体に使えるヘアスプレーだから安全」という発想は大きな誤解だ。人体への直接使用に安全なものと、子どもが長時間触れる・舐める製品の表面に残留して安全なものは、まったく別の基準で判断される。
たとえばこのシナリオを想像してほしい。
ベッドへの密着のためにヘアスプレーを使った。表面に残留していた。子ども向けのフィギュアとして販売した。購入者の子どもが舐めた。化学物質が体内に入った。健康被害が出た。
この場合、製造者に問われることはこうだ。「その工程で何を使ったか記録していましたか」「その素材が製品に残留しないことを確認しましたか」「子どもが触れる可能性を想定した安全確認をしましたか」「注意事項にその旨を記載しましたか」。
すべてに答えられなければ、製造上の欠陥または指示・警告上の欠陥として責任を負う可能性がある。
また、3Dプリント中に発生する超微粒子(UFP)や揮発性有機化合物(VOC)も、製造者自身の健康リスクとして無視できない。ABSやASAは特に懸念が高く、PLAでも有害物質を含む可能性がある。換気が不十分な室内での長時間使用は、作る人自身の呼吸器・循環器系への影響が懸念される。
「おもちゃじゃない」が通用しないケース
「これはおもちゃではなく装飾品として販売した」。この主張が法的に通用しない場面がある。
PL法における欠陥の判断基準の一つは「通常予見される使用形態」だ。製造者が意図した用途だけでなく、消費者が通常やりそうな使い方をすべて考慮して安全性を判断する。
子ども向けのフィギュアを「装飾品」として販売した場合を考えよう。
玩具として販売しなくても、子どもが触れる可能性のある製品には食品衛生法上の規制が関係することがある。6歳未満の子どもを対象とするおもちゃについては、重金属・ヒ素などを含有する有害物質の規制があり、積み木・人形・ブロック・ボールなどが指定されている。
「おもちゃとして売っていない」は免責の根拠にならない。通常予見される使用形態として子どもが手に取ることが想定されれば、製造者は安全性の確認義務を問われる可能性がある。
玩具業界では、STマーク(一般社団法人日本玩具協会の自主安全基準)への適合、食品衛生法に基づく検査、物理的安全性(誤飲・窒息・突き刺しなど)の検査、化学的安全性(重金属8元素の確認)、2年に1回の継続検査が当然のように行われている。
3Dプリンターで作ったフィギュアを子どもの手の届く場所に置く家庭に販売する場合、これらの基準を知っておくことが最低限の責任だ。
装飾品にも潜むリスク
「ただ置いておくだけの装飾品なら安全」という思い込みも危うい。
PLAは3Dプリンターで最もよく使われる素材だが、衝撃で粉々になる。落下したときの破片の鋭さは危険になりうる。また耐熱温度が60〜65度程度と低く、夏の窓際や車内では変形・崩壊する可能性がある。
卓上に置く小さなフィギュアを販売した。翌日、購入者から連絡が来た。子どもが落として破片で指を切った。「装飾品として売った」は、「子どもが手に取ることが予見できなかったか」という問いの前では通用しない可能性がある。
さらに「指示・警告上の欠陥」の観点から、プロが装飾品につける注意事項を見てみよう。
「小さなお子様の手の届かない場所に置いてください」「落下・破損した際は破片に注意し、直ちに廃棄してください」「直射日光・高温の場所への設置は避けてください」「本製品は装飾品です。食品・飲料との接触はお避けください」。
3Dプリンターで作った装飾品の出品ページにこれらが書かれているだろうか。
トレーサビリティという記録の意味
プロの製造業では、どの製品がどの原材料を使ってどの工程で作られたかを記録し、追跡できる状態に保つ。これをトレーサビリティという。
なぜ必要か。事故が起きたときに「何が原因か」を特定するためだ。そして「確認していた」という事実が、責任の軽減につながる。
PL法では製造物責任の請求が、損害発生日から3年、製品の引き渡しから最長10年間可能とされている。その期間中、記録を保持しておく必要がある。
個人メイカーがすぐに始められる最小限のトレーサビリティはこれだ。
使用したフィラメントのメーカー・品番・ロット番号を記録する。工程で使用したすべての材料(のり・溶剤・塗料・接着剤)を記録する。製造日・後処理の内容を記録する。これだけで、事故が起きたときの対応力が大きく変わる。
今日から始める最小限の対応
製造業がやっていることをすべて個人が再現するのは難しい。しかし「何も書かない」と「書く」の差は非常に大きい。今日からできることを整理しておく。
注意事項を商品説明に書く 素材名、対象年齢、禁止事項(食品接触不可・直射日光不可)、破損時の対応(破片に注意・直ちに廃棄)、製造者の連絡先を明記する。書くことで「伝えた」という事実が残る。
製造記録をつける 使用したフィラメントのメーカー・品番・ロット番号、工程で使用したすべての材料、製造日、後処理の内容を簡単なメモでも記録しておく。
工程材料を意識する スティックのり・ヘアスプレー・アセトン・塗料・接着剤。これらがどんな成分を含んでいるか、SDSを確認する習慣をつける。特に子どもが触れる可能性のある製品については慎重に。
PL保険を検討する 個人でも加入できる生産物賠償責任保険がある。万が一の損害賠償に備えるリスクヘッジとして検討に値する。ハンドメイド作家向けの団体保険として比較的安価に加入できるものもある。
子ども向け・食品接触品は特に慎重に 玩具・食品接触品・乳幼児が触れる可能性があるものは、リスクが格段に上がる。これらを販売する場合は、専門家への相談を強く勧める。
「知らなかった」が許されない時代に
製造業では「知らなかった」は通用しない。製造業に入る人は、業界の慣習・研修・先輩・取引先との契約を通じて必要な知識を習得する構造の中に置かれる。ものを作る人、品質を管理する人、法的リスクを確認する人が別々に存在し、互いをチェックする。
しかし3Dプリンターでものを作り始める人には、その経路がない。入口が「趣味」だからだ。
YouTubeで印刷方法を見て、フィラメントを買って、BOOTHで出品する。この流れのどこにも、PL法も食品衛生法も、製造記録もトレーサビリティも登場しない。
この記事を読んで「自分のことだ」と感じた人がいるなら、それは批判ではなく認識の始まりだ。知ることが、最初の一歩になる。
AM Insight Asia の視点
3Dプリンターによる製造と販売の大衆化は、世界で急速に広がっている。アジアはもちろん、欧米でも個人メイカーやスモールビジネスが次々と参入している。しかし製造物責任への意識は、業界全体でまだ十分に育っていない。
AM Insight Asiaがこの問題で強調したいのは、規制や取り締まりの強化ではない。業界としての教育インフラの整備だ。そして個人が意図せずに様々な問題に巻き込まれないためでもある。知らないまま責任を負う。そうした理不尽から個人を守るために、知識は必要だ。
極端な言い方をすれば、F1マシンが安く買えるようになって、運転免許を持たない初心者がF1を運転しているようなものだ。しかも公道を。技術へのアクセスは民主化された。しかし、その技術を扱うために必要な知識と責任は、誰も教えていない。
この記事を書くにあたって、プロの製造業がどれほど多くのことに配慮してものを作っているかを改めて調べた。材料の安全データシートの確認、製造工程で使うすべての薬剤の記録、食品衛生法や玩具安全基準への適合、注意表示の法的レビュー、出荷前の多段階検査、最長10年間のトレーサビリティの保持。これらすべてが、消費者の手に届く一つの製品の背後にある。
ここまでのことをやっている。世界中のあらゆるものづくりに関わる企業と人々に、本当に敬意を表する。私たちが当たり前のように手にしている製品は、見えないところで膨大な配慮と責任の積み重ねの上に成り立っている。3Dプリンターの普及がその「当たり前」を可視化した。それはものづくりへの敬意を持つ新しいメイカー文化を育てる、大きなきっかけになるはずだ。
製造の民主化は止まらない。だからこそ、知識の民主化が急務だ。
著作権・データ流通・スキャン・SNS投稿に関わる権利の問題については姉妹記事「3Dプリンターを始める前に知ってほしいこと(前編):権利」で詳しく解説している。





