本当に自分はASTMを知っているのだろうか?
AM業界に関わっていれば、「ASTM」という名前は必ず耳にする。調達書類、サプライヤー審査のチェックリスト、業界カンファレンス。どこにでも出てくる。しかしその意味を正確に説明できる人は少ない。ASTMとは何か。なぜ存在するのか。そして自分たちに本当にメリットがあるのか。この記事では、知ったつもりになっているASTMを、改めて最初から紐解いていく。
そもそもASTMとは何者か
ASTMとは American Society for Testing and Materials(米国材料試験協会)の略である。
この名前だけで重要なことがわかる。この組織はアメリカで生まれ、もともとの目的は現代的な意味での「認証」ではなく「材料試験」だった。2001年にグローバルな活動を反映して ASTM International に改称されたが、略称はASTMのまま残り、今や世界中がこの名前で認識している。
本部所在地はフィラデルフィア郊外の小さな町。
ASTMは非営利・非政府組織である。特定の政府が管理するわけでも、特定の企業が資金を提供するわけでもない。会員の自発的な参加によって運営される。
なぜASTMは生まれたのか
TASTMがなぜ重要なのかを理解するには、それが解決するために作られた問題を理解する必要がある。
1898年。アメリカは鉄道ブームの真っ只中にあった。列車は商業と輸送の根幹だった。しかし深刻な問題があった。鉄道レールが次々と折れていた。
原因はある一社の問題ではなく、構造的なものだった。全国の鉄鋼メーカーがそれぞれ独自の仕様で鉄道レールを製造していた。メーカーが違えば作り方も違う。購入側には製品を比較する共通基準がなく、品質を確認する統一された方法もなかった。重い荷重でレールが破断すれば、その結果は壊滅的だった。
当時ペンシルベニア鉄道で品質管理を担っていた化学者、チャールズ・ダドリーはこう考えた。破断したレールをあとから検査しても問題は解決しない。解決策は、「良い鉄鋼とはどういうものか」を事前に、共通の言葉で定義することだ。ダドリーはその必要性を訴え、鉄道業界の科学者や技術者たちがフィラデルフィアに集まり、共通規格の策定に着手した。
その1898年の集まりがASTMの始まりである。
この創設の瞬間に刻まれた教訓は、今日まで変わっていない。共通の規格がなければ、市場は効率的に機能せず、失敗は必然になる。物事を評価するには、比較対象となる基準が必要なのだ。
鉄道問題から13,000超の規格へ
1898年の一つの問題から、ASTMは世界最大級の標準化機関の一つへと成長した。
現在ASTMは、材料・製品・システム・サービスにわたって13,000超の技術規格を発行している。対象産業は建設、繊維、消費財、医療機器、石油、原子力エネルギー、製造業など、ほぼすべての産業分野に及ぶ。
会員数は150カ国以上から35,000人超。エンジニア、科学者、研究者、政府関係者、業界実務者が専門知識をボランティアで提供し、厳格なコンセンサスプロセスを通じて規格を開発・維持している。
プロセスはこうだ。正当な利害関係者であれば誰でも参加できる。提案は議論され、検証され、修正される。規格が承認されるのは、幅広いコンセンサスに達したときだけだ。この開放性こそがASTM規格の信頼性の源泉であり、規格が特定の企業や政府の意向ではなく、産業全体の集合的判断を体現しているからである。
もう一つ重要な事実がある。ASTM規格は任意である。法律上、遵守は強制されない。これが多くの人を混乱させる点だが、きわめて重要な理解だ。なぜなら「任意」は実務上「任意ではない」からである。この点はPart 2で詳しく説明する。
ASTMと積層造形:F42委員会
これだけ広大なASTMの中で、AM業界に関係するのがF42委員会(積層造形技術委員会)だ。AM関連の規格はすべてここから生まれる。
F42は2009年1月13日に設立された。当初から米国だけでなく、ヨーロッパ、アジア、アフリカを含む複数の地域から70名超の代表者が参加しており、最初からグローバルな標準化を目指した委員会だった。
F42委員会は、AM全側面にわたる規格を開発することに特化している。用語、プロセス、材料、設計、試験、ファイルフォーマット。現在は40カ国800名超の専門家が参加している。
2011年、ASTM F42はISO(国際標準化機構)のAM専門委員会であるISO/TC 261と協力協定を締結した。このパートナーシップにより、グローバルAM規格の統一フレームワークが生まれ、ISO/ASTM共同規格として発行されている。最も広く認知されているのはISO/ASTM 52900で、AM分野全体の共通用語を定義している。
ここで押さえておくべき重要な点が2つある。
第一に、ASTMもISOも「規格を作る組織」であり、審査は行わない。「何を基準とするか」を決めるのがASTMとISO、「その基準を満たしているか」を確認するのは第三者認証機関だ。第三者認証機関は世界中に数千機関存在するが、ASTM規格に基づく審査を行うにはISO/IEC 17025という国際的な試験所認定を取得していることが条件となる。代表的な機関としてはTÜV SÜD(ドイツ)、SGS(スイス)、Bureau Veritas(フランス)、Intertek(英国)などがあり、いずれも日本を含む世界各国に拠点を持っている。
第二に、ISO/ASTM共同規格はASTMとISOが共同で開発・発行した一つの規格だ。つまりその規格の審査に通れば、ASTMにもISOにも準拠していると謳うことができる。別々に対応する必要はない。
また、ASTMは大きく二つの役割を担っている。一つは「規格を作ること」、もう一つは「規格を業界に普及させること」だ。規格は作るだけでは意味がない。業界に正しく理解・活用されてはじめて機能する。
この二つの役割はAM分野でも同様だ。F42委員会はAM規格の開発を担い、2018年に設立されたAM Center of Excellence(AM CoE)はAMの研究開発・規格の普及・人材トレーニング・AMプロバイダー向け資格認定プログラムの運営を担っている。F42が「ルールを作る部門」、AM CoEが「ルールを広め、活用を支援する部門」と理解するとわかりやすい。
F42が定めるAM規格の全体像
F42委員会はこれまでに72の規格を発行しており、現在も新たな規格の開発が続いている。以下はその中から特に参照頻度の高い代表的な規格を紹介する。
| 規格番号 | 対象領域 |
|---|---|
| ISO/ASTM 52900 | 積層造形の共通用語定義 |
| ISO/ASTM 52901 | 購入AMパーツの要件 |
| ISO/ASTM 52910 | AM向け設計ガイドライン |
| F2924 | パウダーベッドフュージョンによるチタン合金(Ti-6Al-4V)パーツ |
| F3049 | 金属粉末の特性評価 |
| F3122 | 金属AMパーツの機械特性評価 |
表を見ると金属関連の規格が目立つ。これはASTMが金属しか対象にしていないからではなく、規格整備の優先順位の問題だ。ASTMのAM規格は材料の用途リスクの高さによって整備の優先度が決まる。
金属は航空宇宙・医療・防衛など命に直結する用途で使われるため、規格化が最も早く進んだ。現在も最も規格の整備が充実している分野だ。
樹脂(ポリマー)はこれまでプロトタイプ用途が中心だったため、規格の必要性が相対的に低かった。しかし航空宇宙や医療向けの高性能樹脂(PEEKやULTEMなど)の使用が増えるにつれ、規格整備が急速に進んでいる。樹脂向けの規格も確実に拡充されつつある。
カーボンファイバーなどの複合材は航空宇宙での重要性が高い一方、ASTMの中での規格整備はまだ途上にある。現在も開発中の規格が複数存在しており、今後の整備が注目される分野だ。
ここで一つ注意が必要な点がある。最近、カーボンファイバー入りフィラメントが多く市場に出ているが、「CF入り」と謳っていても、どのようにどの程度配合されているかは各社によって異なる。現時点ではCF入りフィラメント向けの専用規格が存在しないため、配合量や配合方法に業界共通の基準がない。当然、物性も製品によってばらつく。「CF入り」という表記だけを見て性能を判断するのは危険だ。規格が存在しない領域では、自社での検証と慎重な評価が必要になる。
逆に金属パウダーはこれとは対照的だ。ISO/ASTM 52907という規格があり、金属パウダーの特性評価方法(粒度分布・化学組成・粒子形状・流動性・汚染度など)が明確に定義されている。材料メーカーはこの規格に基づいてデータシートを作成し、「この規格に沿って評価しました」と示すことができる。つまり購入側は異なるメーカーのパウダーを同じ基準で比較・評価できる。CF入りフィラメントとの最大の違いはここだ。共通の測定基準があるかどうかが、材料選定の信頼性を根本的に左右する。
ASTMとWohlers Associates(Wohlers Report)が一体化した理由
2021年11月、AM業界最大の見本市Formnextにおいて、ASTMインターナショナルはWohlers Associatesの買収を発表した。
まずWohlers Associatesについて説明しておこう。Terry Wohlersが設立したWohlers Associatesは、30年超にわたりWohlers Reportを年次発行してきた。これはAM業界で最も権威あるマーケットインテリジェンスレポートだ。投資家、政府、経営幹部がグローバルAM市場の現状を把握したいとき、彼らが読むのはWohlers Reportである。誇張なしに、業界で最も信頼される年次出版物だ。
規格は現場の実態を反映していなければ意味がない。どの技術が普及し、どの産業で需要が伸び、次に何が必要かを把握してはじめて、実効性のある規格が作れる。Wohlers Reportはまさにその市場情報の源泉だった。ASTMはその情報を手に入れることで、規格開発と市場動向を一体で動かせる組織になった。
現在Wohlers AssociatesはWohlers Associates, powered by ASTM Internationalとして運営され、Terry WohlersはAM CoEのもとでアドバイザリーサービス・マーケットインテリジェンス部門責任者を務めている。
次回のPart 2では、「なぜ任意規格が事実上必須になるのか」という最大の疑問に答えるとともに、ASTM認証が自社にもたらす具体的なメリット、何を作るかで変わる認証の必要性、そして日本・アジアの現状を解説する。
[Continue to Part 2: はじめてのASTM認証 Part 2:認証が自社にもたらすもの]





