「任意」なのになぜ必須なのか。そして自社にどう関係するのか。
Part 1ではASTMの成り立ち、F42委員会の役割、AM規格の全体像を解説した。Part 2では、多くの人が抱える最大の疑問に答える。「任意規格がなぜ事実上必須になるのか」、そして「ASTM認証は自社に何をもたらすのか」だ。
[Part 1を読む:はじめてのASTM認証 Part 1:ASTMとは何者か]
「任意」が「任意ではない」理由:ASTM認証が事実上必須になる仕組み
これはASTMについて最も誤解されている点であり、理解すべき最も重要な事実でもある。
ASTM規格は任意だ。法律上、遵守は強制されない。ではなぜ多くの企業がASTM認証を絶対条件として扱うのか。
答えは調達の実務にある。
アメリカでは、1995年の国家技術移転促進法(National Technology Transfer and Advancement Act)が、連邦政府に対し、独自の政府規格を作るのではなく、ASTMのような民間が開発したコンセンサス規格を優先的に採用することを法的に義務付けた。この一本の法律が、ASTMの規格を国防、航空宇宙、インフラ分野の政府調達要件に埋め込む結果をもたらした。
そこから論理は連鎖する。
- 米国国防総省は調達業者にASTM準拠を要求する
- Boeing、Lockheed Martinなどの大手航空宇宙OEMはサプライヤーにASTM準拠を要求する
- そのサプライヤーは二次サプライヤーにASTM準拠を要求する
- 要件はサプライチェーン全体に流れ落ちる
医療機器、自動車製造、産業機器でも同じ構造だ。大手バイヤーがルールを設定する。Boeingに売りたければASTMに準拠する。Boeingに売る企業に売りたければ、ASTMに準拠する。
結果:法的には任意の規格が、大手顧客が調達要件に書き込んだ瞬間から、商業的に必須になる。
だからこそ「ASTM認証はただの形式」と片付けてきた企業が、気づいたときにはグローバルサプライチェーンから締め出されている。法律によってではなく、商業的現実によって。
ASTM認証が自社にもたらすもの
ここで米国以外の国の皆さんは思うかもしれない。国内だけでビジネスをするなら、ASTM認証はいらないんじゃないかと。
その疑問は理解できる。しかし一度立ち止まって考えてほしい。ASTM認証を取ることは目的ではない。それは手段だ。目的は標準化によって品質・プロセス・コミュニケーションを統一し、問題をなくすことにある。認証はその達成を証明するものに過ぎない。そして標準化がもたらすメリットは、グローバルビジネスをしているかどうかに関わらず、すべての製造業に共通する。
ここで「準拠」と「認証」の違いを整理しておきたい。混同されやすいが、この二つは別物だ。
準拠(Compliance)とは、企業が自己申告で「この規格に沿って製造しています」と主張することだ。第三者の確認は不要で、今すぐ名乗ることができる。ただし証明力は低い。顧客が信頼するかどうかは企業次第であり、大手OEMの調達条件を満たせないケースがほとんどだ。
認証(Certification)とは、第三者認証機関が審査を行い、「この企業は規格を満たしている」とお墨付きを与えることだ。証明力が高く、調達条件として広く認められる。つまり「準拠しています」は自己申告、「認証を取得しています」は第三者が確認した事実だ。
ではどの規格の認証を取ればいいのか。ASTM AM CoEが運営するAMQ認証プログラムはモジュール方式になっており、自社のニーズに合わせて必要な部分から取得できる。
- パーツ品質モジュール(ISO/ASTM 52901ベース):購入AMパーツの品質要件
- 金属PBFプロセスモジュール(ISO/ASTM 52904ベース):金属パウダーベッドフュージョンのプロセス管理
- 施設安全モジュール(ISO/ASTM 52931ベース):AM施設の安全管理
- 人材認定:AMオペレーター個人向けの資格
すべてを一度に取得する必要はない。自社の事業内容・顧客の要求・用途リスクに応じて、必要なモジュールから始められる仕組みだ。
具体的に言えば、標準化によって得られるメリットは以下の四つだ。
1. 品質を客観的に証明できる
自社内部の品質基準ではない。800人超の専門家がグローバルAMコミュニティを代表して開発した基準だ。「我々のプロセスは優れていると思う」という自己申告と、「このプロセスは業界の定義する基準を満たしている」というサードパーティの確認の違いである。ASTM規格は「何をどこまで検証すれば十分か」という基準を定義する。その基準に基づいて製造・検証を行うことで、顧客・保険会社・規制当局に対して客観的な根拠をもって品質を主張できる。
2. 品質が一貫して再現可能になる
AMの課題は常に、同じ機械でも操作が少し違えば、特性が大きく異なるパーツが生まれうるという点にある。ASTM規格に沿ってプロセスを標準化することで、品質が管理され、文書化され、反復可能になる。
3. グローバル調達の共通言語で話せる
ドイツ、アメリカ、シンガポールの調達担当者がサプライヤー審査書類を確認するとき、ASTM認証は即座に理解される。自社の品質システムをゼロから説明する必要がない。認証がそれを伝える。
4. 責任範囲が明確になる
ASTM規格は「誰がどこまで責任を負うか」を明確にする枠組みでもある。
サプライチェーン上では、材料メーカーはASTM規格に沿って材料を供給した時点で材料に関する責任を果たしたことになり、そこから先は加工業者の責任になる。規格がなければこの境界が曖昧になり、問題が起きたときに責任の所在が不明確になる。
社内でも同様だ。業界全体の規格がなければ、エンジニアはすべての新プロジェクトで同じ問いに向き合う。何を検証すべきか。どの検査基準を適用すべきか。どこまでやれば十分か。自社の判断だけで進めると、完全な責任を負えず次のステップに進めない。世界と一社のギャップは圧倒的だ。時間がかかる。コストもかかる。
ASTMのIQ/OQ/PQ(設置時適格性確認、運転時適格性確認、性能適格性確認)のプロセス認定の枠組みはこの問いに答える。設備導入・製造プロセス・品質管理それぞれの部署が「どの段階で何を確認する責任があるか」を明確に区切る。完成パーツをすべて検査するのではなく、プロセス自体を認定する。プロセスが認定されれば、同じプロセスで製造されたパーツは品質基準を満たす。その後は抜き取り検査で十分になる。検査速度と品質保証の両立だ。
これはASTM規格が800人超の専門家の集合知から生まれた答えだからこそ可能なことだ。一社で悩む必要はない。
ここで筆者が在住する日本の現状を考えてみよう。多くの日本企業が、これまでの製造経験をベースに社内で独自の品質評価基準を策定しようとしている。その姿勢自体は理解できる。しかしAMは従来の製造方法とは根本的に異なる新しいプロセスだ。世界中のどの企業も、まだ十分な経験を積み上げられていない。
その状況で「自社の経験と判断で品質評価基準を作りました」と言ったとき、顧客や取引先はこう問うだろう。「その基準が正しいと、誰が証明するのですか?」
しかしこれは顧客だけの問いではない。社内でも同じことが起きている。現場のエンジニアがAMプロセスの品質評価基準を作り上げたとして、他の部署はどう受け取るだろうか。品質保証部門、調達部門、経営層。「現場が自分たちで作った基準を、現場が自分たちで評価している」という構造に、社内の誰もが納得するだろうか。
評価する側も、評価の基準を作った側も、同じ会社だ。それは品質保証ではなく、自己評価に過ぎない。AMという新しい領域だからこそ、世界中の専門家が議論を重ねて作り上げた共通基準が必要なのだ。
ASTM認証が必要かどうかは、何を作るかで決まる
よくある誤解がある。「航空宇宙だからASTMが必要」「医療だから必要」という分野ベースの考え方だ。しかしこれは正確ではない。
ASTMの必要性を決めるのは分野ではなく、そのパーツに何が要求されているかだ。同じ航空宇宙でも、機体の重要構造部材と工場内で使う治具では求められる品質レベルがまったく異なる。航空宇宙の治具だからといって、必ずしもASTM規格が必要なわけではない。
では何が要求レベルを決めるのか。大きく三つの軸がある。
一つ目は人命への影響だ。問題が起きたときに人が死ぬ可能性があるパーツは、要求レベルが最も高い。航空機のエンジン部品、医療インプラント、防衛装備がその代表だ。
二つ目は法規制への対応だ。食品製造ラインや製薬工場で使うロボットグリッパーやパーツは、人命に直結しなくても食品衛生法やGMPなどの規制要件を満たす必要がある。その証明手段としてASTMの規格が機能する。
三つ目はビジネス継続性だ。量産ラインのロボットアームのパーツが壊れればラインが止まる。ダウンタイムのコストが直接ビジネスに影響する。人命や法規制とは無関係でも、高い品質と信頼性が求められる場面だ。
つまりASTMの必要性はこう問うべきだ。「このパーツに問題が起きたとき、何が起きるか」。その答えが、要求レベルと規格の必要性を決める。
もう一つ重要な視点がある。これは社内生産だけの話ではないということだ。外部業者にAMパーツを発注する場合、発注側は用途リスクに応じてASTM準拠を要求するかどうかを判断する。一方、受注側(外部業者)にとっては、どんな用途のパーツであれ、根拠を持った品質の主張ができることが競争力になる。「うちはASTM規格に基づいて製造・検証しています」と言える業者と言えない業者では、発注側の信頼度がまったく異なる。ASTM認証は発注側だけでなく、受注側にとっても重要な意味を持つ。
以下は要求レベルが高い場面が多い分野として、参考までに示す。
航空宇宙
飛行中の部品が破損すれば人命に関わる。ASTM F42の航空宇宙向け規格は、原料材料から完成パーツの特性、システム性能まで網羅している。ただし同じ航空宇宙でも、地上で使う治具など要求レベルが低いパーツもある。
医療機器
インプラントや手術器具は体内・手術環境で使われる。規制当局への承認申請においてASTM規格への準拠が求められる場面が多い。
量産製造ライン
自動車・電子機器・食品など量産ラインで使うロボットパーツやグリッパーは、壊れればラインが止まる。人命リスクが低くても、高い品質と信頼性の証明が求められる。
防衛
米国・英国など主要国の防衛調達はASTM規格を広範に参照している。サプライヤー認定フレームワークにASTM準拠の文書化が明示的に要求されている。
世界の動向:なぜ他国はこれほど速く動いているのか
中国、韓国、シンガポールなどアジアの製造大国はすでに気づいている。ASTMは単なるコンプライアンス要件ではなく、戦略的な競争の舞台だということを。日本の業界がなかなか行動に移せずにいる間に。
2023年、中国のBLT(Bright Laser Technologies)はアジアで初めてASTMストラテジックパートナーとなった。個人の取り組みではない。組織的な企業・国家戦略の結果だ。ASTMは中国オフィスを設立し、中国語対応インフラを整備した。
シンガポールのST Engineering Land Systemsは2023年に早期にAMQ認証を取得し、政府研究機関A*STARが標準化活動への組織的支援を提供した。
韓国のKATS(韓国技術標準院)は組織としてASTMに関与し、主要産業イベントでAM認証セミナーを開催している。
三カ国に共通するパターンがある。政府、企業、研究機関が連携し、持続的な予算と人員のコミットメントをもって、ASTM規格の方向性に参加し影響を与えている。
規格開発に参加する企業と国は、ルールに従うだけでなく、ルールを書く側になる。その影響力が「各アプリケーションカテゴリで必要な品質とは何か」を定義する。航空宇宙部品には厳格な基準、プロトタイプには効率重視の基準。その議論の場に不在の国と企業は、他者が確立した定義を受け入れるしかない。
AM Insight Asia の視点
この記事を書きながら、正直に言うと筆者自身も改めて学んだことが多かった。ASTMという言葉は知っていた。重要だということも理解していた。しかし「本当に理解していたか」と問われると、自信を持ってYesとは言えない。
記事を構成する中で、都度疑問が浮かんできた。「これは米国だけの話ではないか」「グローバルビジネスをしていない企業には関係ないのか」「金属だけの話なのか」「ジグや治具はどうなのか」「外部委託の場合は誰に関係する話なのか」。一つ疑問が出るたびに調べ、記事を修正した。
その結果として気づいたことがある。ASTMの重要性は、認証を取ることそのものにあるのではない。標準化という概念が製造業の根幹にあり、その共通言語を持つことが、品質の証明・責任の明確化・グローバル調達への参加を可能にするということだ。それはグローバルビジネスをしていない企業にも、ジグを外注する企業にも、樹脂パーツを作る企業にも関係する話だ。
「知っていた」と「理解していた」は違う。この記事がその違いを埋める一助になれば幸いだ。
そして最後にこう問いかけたい。みなさんはこれまでISOを取得してきたはずだ。なぜか。必要だったからだ。品質を証明するために、取引先に信頼されるために、市場に参加するために。ASTMも同じだ。分野が変わり、求められる規格が変わった。ただそれだけのことだ。必要だから取る。
さらに深く理解するために
ASTM認証に関して日本のAM業界が現在どこに立っているのか、そしてなぜアジアの競合国との差が広がっているのかを詳しく分析した記事はこちら。





