防衛費は増えた。だが、製造の現場は追いついているか。
世界的な安全保障環境の変化を背景に、各国の防衛費が増加している。航空宇宙・防衛産業を支えるサプライチェーンの脆弱性も、かつての「リスクの想定」から「現実の課題」へと変わりつつある。日本も例外ではなく、防衛費は14年連続で増加し過去最高を更新。日本・イギリス・イタリアの3カ国が共同で進める次世代(第6世代)戦闘機の開発計画、グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)も、2035年の運用開始を目標に本格的な開発フェーズに入った。こうした変化の時代に、日本の防衛産業においてAdditive Manufacturing(以下、AM)がどのような役割を果たしうるか、改めて問われ始めている。
縮小してきた産業基盤、そして防衛費増額という転換点
日本の防衛産業は長らく、構造的な課題を抱えてきた。F-2戦闘機の製造には約1,100社、護衛艦には約8,300社が関わるとされるほど裾野が広い産業だが、その裾野を支える中小企業が着実に失われてきた。背景には利益率の低さだけでなく、高度な性能要求への対応コスト、煩雑な調達手続き、少量多品種生産ゆえの非効率など、防衛産業特有の重い負担がある。
日本の製造業全体でも、中小企業の廃業は深刻な水準にある。製造業の休廃業・解散件数は2024年に3,122件、2025年は過去10年で最多水準を更新した(帝国データバンク)。倒産件数も2024年に1,145件と7年ぶりに1,000件を超え、前年比26%増という業種別最大の増加率を記録している。黒字であっても廃業を選ぶ企業が過半数を占めるという現実は、経営環境の厳しさを如実に示している。防衛産業においても公式に確認されているだけで過去20年に100社超が撤退しており、廃業や事業縮小を含めた実態の数はさらに大きなものになるだろう。日本の製造業を長年支えてきた技術者・技能者の待遇は十分とは言えず、海外企業への人材流出も続いてきた。防衛産業の裾野を担う中小製造業は、その最たる影響を受けてきた層でもある。
転換点となったのは2022年末の安保関連三文書だ。2027年度までの5年間で総額43兆円という大規模な防衛投資が決定され、防衛省は発注における企業の利益率を従来の約8%から最大15%へ引き上げた。この変化を受け、重工3社の防衛関連受注残高は2026年3月期末時点で合計6兆2,500億円と前年比15%増に達し、三菱重工業は純利益・受注高ともに過去最高を更新。防衛費増額前の水準と比べ2倍以上という高水準が続いている。
三菱重工はGCAPにおける機体開発の主体を担い、IHIはロールス・ロイスとともにエンジン開発を主導する。川崎重工はP-1固定翼哨戒機・C-2輸送機の主契約企業として量産を推進しながら、ボーイング787など民間機の機体部品も担当する。少なくともプライム企業においては、数十年ぶりとも言える受注の活況が続いている。ただしその恩恵が裾野の中小企業まで届いているかは、また別の問いだ。
では、この産業の中でAMはどこに立っているのか。
防衛産業の中の積層造形、現在地
直接的な実績は限られる。ただ、制度と現場の両面で、小さな動きは始まっている。
制度面では、2023年10月に施行された防衛生産基盤強化法が重要な意味を持つ。装備品の安定製造を目的とするこの法律は、補助対象の具体例として「積層造形機(3Dプリンタ)等の導入」を明示している。プライム企業だけでなくサプライヤーも対象となっており、AMを「方針」としてではなく「法的根拠のある予算措置」として後押しする仕組みが整った。
現場では、陸上自衛隊が2023年にオーストラリアのSPEE3Dが開発したコールドスプレー方式の金属AMシステム(WarpSPEE3D・XSPEE3D)を正式導入した。戦地や基地における既存サプライチェーンの補完が目的であり、英国陸軍・オーストラリア軍に続く採用事例となった。
2025年には、陸上自衛隊武器学校(茨城県)に3Dプリンタ専任の任期付自衛官ポストが新設された。機材の導入にとどまらず、専門知識を持つ人材を組織に取り込み、教育・活用を試みる動きとして注目される。同年12月には、防衛省が日本AM協会を通じ、3Dプリンタ技術を持つ国内民間企業の実態調査を実施。将来的な委託製造の可能性を探ることを目的としており、防衛省と民間AMコミュニティの接点が生まれつつある。
点在する動きではあるが、制度・現場・人材・民間連携という複数の面で、少しずつ接点が生まれ始めている。ただし現状はまだ「調査・準備フェーズ」の域を出ていないだろう。
ドローン・無人機分野でも同様の文脈が生まれつつある。政府は経済安全保障推進法に基づきドローンを特定重要物資に指定し、研究開発・設備投資に最大50%を助成、2030年に年間8万台の国産体制を目標に掲げた。米Andurilの事例が示すように、ドローン開発においてAMは開発期間の短縮と量産体制の構築に直接貢献しうる技術だ。しかし日本には大規模なAM製造ファームが存在しない。防衛×ドローン×AMという交差点において、日本の産業基盤が応えられるかは、まだ見えていない。(関連記事:国産ドローン量産化へ:日本は80倍の生産拡大を実現できるか)
構造的な課題、技術より先に整備すべきもの
AMの活用が本格化しない背景には、技術以外の課題がある。
一つは認証体制の問題だ。航空宇宙・防衛分野でAM部品を正式採用するには、国際的にはASTM・ISO・NADCAPといった認証が事実上の前提条件となっている。防衛省には一般的な品質管理の枠組みは存在するが、AM部品に特化した品質保証規格やガイドラインは現時点で確認されていない。作る側にとっては、どのような基準をクリアするために投資すればいいかが見えにくい状況だ。この「AM専用の枠組みの不在」が、本格的な量産・調達拡大における障壁となる可能性がある。
もう一つは、民間AMの知見と防衛調達をつなぐデュアルユース戦略の整備の遅れだ。METI・防衛省の成長戦略会議(2026年2月)では「人手不足への対応のためロボット・3Dプリンタ等の先端技術を活用した自動化が必須」と明記されたが、民間AMの技術が防衛調達の仕様に組み込まれる具体的なルートはまだ途上にある。民間で蓄積された技術と経験が防衛側に届かない構造は、産業基盤の空洞化と表裏一体の問題だ。
そして、世界の防衛AMが既に次の段階に進んでいることは、各国の動向を見れば明らかだ。米国防総省のAM直接支出は2023年の3億ドルから2024年に8億ドルへ166%増加し、2030年には26億ドル超に達する見通しだ。米海軍はワイヤーDED方式の導入により艦艇部品の製造リードタイムを2〜3週間から2〜3日に短縮している。英国陸軍はProject Brokkrとして金属・樹脂部品を現場で製造できるモバイルAMシステムを野外展開した。
アジアでも動きは加速している。
中国は2026年の国防費を前年比7%増の約1兆9,100億元(約44兆円)と発表した。2023年以降3年連続で7%台の増加が続いており、防衛力の増強に向けた投資が止まらない。その中でAMの活用も本格化している。J-15・J-16・J-20など主要戦闘機部品にAMを広範活用するとともに、艦艇にAM機器を搭載して航行中に部品を製造・補修する体制を整え、3Dプリント部品をドローンで前線に届ける演習も実施している。
韓国はLW-DED技術でK2主力戦車部品を60%軽量化しながら野外での製造・修理を実現した。(関連記事:Meltio: K2戦車スノーパッドが示す軍事3Dプリントの未来、韓国海兵隊、MeltioロボットDED金属3Dプリンターを導入)
インドは「Make in India」を掲げ、防衛産業の国産化と自立化を国家戦略として推進している。防衛輸出額は過去10年で約34倍に拡大し、2024〜25年度には過去最高を記録した。こうした国産化推進の文脈の中で、AMへの取り組みも本格化している。2026年3月の国家AMシンポジウムでは陸軍がAMを「プロトタイピングツールから成熟した製造能力へ」と位置づけ、ミサイル部品や航空エンジン部品への適用を加速させている。
シンガポールは国防省(MINDEF)が2017年からAM能力開発を組織的に推進してきた。潜水艦の減圧弁・インペラーポンプなどの部品をAMで製造した実績を持ち、thyssenkrupp・Naval Groupといった国際パートナーとの共同研究も継続している。2025年7月には陸軍が「モバイルAMラボ」を防衛省内のイノベーション展示会に出展し、AMを活用した部品製造によって組織効率を最大90%向上させた事例として表彰された。小国ならではの限られたリソースを補う手段として、AMを実装フェーズで活用している点が特徴だ。
自衛隊が「調査フェーズ」にとどまる間にも、周辺国を含む世界の防衛AMの実装は着実に、そして急速に進んでいる。日本は、その進化のスピードに追いつけていない。
今後の可能性、AMが果たしうる役割
AMが防衛産業にもたらす最大の価値は、試作・開発スピードの向上だ。設計変更を即座に形にし、検証サイクルを短縮する。従来なら数週間・数ヶ月かかっていたプロセスが数日に縮まる。GCAPのような複雑な開発プログラムにおいても、この差は開発全体のスピードと品質に直結する。
試作にとどまらず、実装の領域も広い。消耗品や小物部品のオンデマンド製造、廃番部品・入手困難部品の復刻、前線や洋上での現地補修・製造、ドローン・無人機の機体部品、航空機エンジン部品や構造部品への適用、治工具・訓練器材の製造まで、AMが活躍しうる領域は自衛隊の陸海空すべてにわたる。日本が海に囲まれた島国であることを考えれば、洋上での現地製造・補修能力はサプライチェーンの脆弱性を補う手段として特に説得力がある。それぞれの領域で開発・製造スピードが上がった際の恩恵は計り知れない。細かい積み重ねではあるが、その積み重ねこそが防衛力の実質的な底上げにつながる。
しかし、可能性がいくら広くても、日本はこれまで様々な分野で技術の進化への対応が遅れてきた。防衛AMも例外ではない。調査に時間をかけ、議論を重ね、枠組みが決まった頃には既に古い技術になっている。そのサイクルを繰り返す限り、世界のスピードに太刀打ちできない。日本に最も足りないのは、技術の進化に追いつくスピード感だ。
AM Insight Asia の視点
日本の防衛産業が直面している課題は、予算や法律の問題だけではない。その根底には、日本の製造業全体の産業基盤の空洞化がある。高度経済成長期から防衛産業のサプライチェーンを支えてきた中小・中堅の製造業者が、海外生産シフトや後継者不足によって着実に減少してきた。防衛という、本来最も国内自給が求められる領域において、「国内でどこまで賄えるか」という問いへの答えが揺らいでいる。
AMはその唯一の答えではない。ロボティクスや自動化と並び、縮小した産業基盤を補完しうる技術の一つだ。ただし、AMが持つ特性は、今の日本の防衛調達が抱える課題と特に相性がいい。開発スピードの速さ、現地・状況に応じた多品種少量生産への対応、そして金属から樹脂まで素材を問わない柔軟性。これらは、裾野産業の縮小とサプライチェーンの脆弱化が進む中で、従来の製造アプローチでは埋めにくい空白を補う可能性を持っている。
皮肉なことに、その相性の良さと裏腹に、AMは日本が最も立ち遅れている領域でもある。





