ハードウェアメーカーが認めたソフトウェアという壁
2026年4月20日、消費級3Dプリンターブランド「ELEGOO」の親会社である深圳市智能派科技有限公司(以下、智能派)が、5億元超(約117億円)のB+ラウンド融資完了を発表した。本ラウンドは美団龙珠および美団が主導し、深創投(SCGC)、高瓴投資、銀泰集団、国策、明荟致远、深圳高新投が共同出資した。大疆創新(DJI)が参加した前回のラウンドから半年も経っていない。36Krの独占インタビューで、共同創業者・陳波はこのELEGOO資金調達の背景にある現状を率直に語った。6ヶ月以内に2度の大型調達、これは単なる成長の証ではない。
ELEGOO資金調達ラウンドが示すもの
今回調達した約117億円は5つの分野に投じられる予定だ。高度人材の獲得とコアチームの構築、消費級3Dプリンティング技術の研究開発深化、グローバル市場の拡大、生産能力とサプライチェーンの整備、そしてELEGOOブランドのグローバル展開加速の5分野である。
注目すべきは発表の形式だ。智能派は製品発表の際にはPRNewswireを通じて英語プレスリリースを定期的に発信しているが、今回の資金調達については英語での公式発表を行っていない。情報は中国テックメディア「36Kr」への独占インタビューという形で公開された。非上場の中国企業にとって珍しいことではないが、この「沈黙」は智能派という会社の素性を的確に表している。グローバルの消費者向けに作られた深圳のメーカーが、今まさに変わろうとしている。
ELEGOOとその背後にある会社
智能派は2015年、洪英盛(Chris Hong)と陳波(Chen Bo)によって設立された。スタートアップとしてではなく、越境EC企業としての創業だった。2人は深圳・華強北で電子部品を調達し、STEMキットに組み立てて海外に直販するビジネスを始めた。モデルはすぐに機能した。
この出自は重要だ。ELEGOOの売上の90%以上が150カ国以上の海外市場から生まれているという事実を聞くと、「中国国内で売れないから海外に出た」という印象を持つかもしれない。しかし実態は逆だ。智能派は最初から海外向けの会社として設計されており、中国国内市場は当初から主要なターゲットではなかった。
陳波は36Krのインタビューでこう述べている。「国内では90点では及格点にならない。95点以上が優秀で、90点以下なら至るところでユーザーに批判される。」国内市場の要求水準の高さは、海外中心の戦略をさらに合理的なものにしてきた。
2018年、智能派はSTEMキットから3Dプリンターへとピボットし、ELEGOOブランドを立ち上げてレジンプリンター市場に参入する。2019年に投入したMarsシリーズは、300ドル台で2K解像度を実現した世界初の消費者向けLCDレジンプリンターのひとつとなり、グローバルのメイカーコミュニティに名を知らしめた。
市場における智能派の立ち位置
現在、ELEGOOは消費者向けLCDレジン3Dプリンターの出荷台数でグローバルトップに立つ。Bambu Lab、Creality、Anycubicと並ぶ中国の4強として、この4社で世界のエントリー向け3Dプリンター市場のおよそ90%を占めている。
業績は堅調だ。2024年の売上高は16億元(約373億円)、2025年は23億元超(約536億円)へと成長し、前年比30%以上の増収を達成した。3年間の年平均成長率(CAGR)は40%を超える。2026年の目標は35〜40億元(約816〜932億円)だ。
しかしこれらの数字が語るのは、話の片面に過ぎない。
なぜDJIで、なぜ美団なのか
2025年後半、智能派が最初に接触した戦略的投資家はベンチャーキャピタルではなく、DJIだった。
陳波は36Krのインタビューでこう振り返る。「ハードウェア創新出海の領域で成功したBambu Lab、影石(Insta360)、EcoFlowといったトップブランドの創業コアチームは、相当程度においてDJI出身者で構成されている。これはDJIが製品を輩出するだけでなく、市場で繰り返し検証された、システムレベルのハードウェアエンジニアリング能力を輩出していることを示している。」
その結論として陳波がたどり着いたのが「DJIこそがその壁を破れる技術母体だ」という認識だった。智能派が必要としていたのはDJIの製品でもブランドでもない。ソフトウェアとハードウェアをシステムとして統合するファームウェア開発の方法論だった。中間人を通じて接触し、交渉は極めて速いスピードで合意に至った。DJIのBラウンド投資は2025年11月にクローズした。
DJIからは資金だけでなく、智能派が長年抱えてきた課題への処方箋、エンジニアリング方法論を得た。方向性が定まった分、その実行に必要な資金規模も明確になった。それが今回の美団ラウンドだ。
美団は2010年に設立された中国最大級のローカルサービスプラットフォームで、フードデリバリーを中核に、ホテル予約、即時リテールなど幅広いサービスを展開する香港上場企業だ。年間アクティブユーザーは7億7,000万人以上を誇り、近年はAI・ロボティクス・ハードウェア分野への投資を積極的に拡大している。その美団が今回のリード投資家として加わったことで、智能派は5分野への集中投資をより大きなスケールで実行できる態勢を整えた。
変化を迫ったギャップ
長年、智能派の創業者たちは意図的に表に出ることを避けてきた。メディアインタビューも、投資家向けのロードショーも行わない。陳波が言うように、その文化的本能は「闷声赚钱(頭を低くして、静かに金を稼ぐ)」、いわゆる潮汕スタイルだった。
それが変わったのは、製品が市場に追いつかなくなったときだ。
2024年末、1年以上をかけて開発してきたFDM新製品が市場水準を満たせなかった。あらゆるリソースを注ぎ込んだにもかかわらず、競合他社がすでに出荷していた製品に届かなかった。海外では単色版のみの発売を余儀なくされ、国内では販売自体を見送った。陳波は36Krにこう語った。「那一刻我意识到,我们的努力跟不上市场的强度了(あの瞬間、自分たちの努力がもはや市場の強度に追いつけていないと気づいた)。」
問題の核心はソフトウェアだった。ELEGOOのハードウェアは競争力がある。レジンプリンターの出荷台数ではグローバルトップを維持している。しかしBambu Labが支配するFDMセグメントにおいて、差は主にハードウェアの問題ではない。ソフトウェアの問題だ。
陳波は率直に認めた。Bambu Labのソフトウェアは本物の競争優位性(護城河)だと。「ソフトウェアが解決する核心は安定性だ。Bambu Labが登場する前、業界のほとんどのソフトウェアは『刚刚能用(かろうじて使える)』程度に過ぎなかった。」Bambu Labが基準を変えた。他社にとって、ソフトウェアはゼロから積み上げるしかない問題だ。
売上の差がその切迫感を数字で示す。陳波はこう語る。「前期に差が少し開いたとき、自分は10億元、対手は25億元だった。加倍努力すれば追いつけると思っていた。しかし3年後、対手は100億元(約2,331億円)、自分は23億元(約536億円)になっていた。以前の努力は不十分だった。功労ではなく苦労だけだった。」
そして、創業者としては異例ともいえる発言が続く。「我们的态度是开放的:做不好就让更适合的人来做。我们甚至会考虑引入职业经理人(私たちの姿勢はオープンだ。うまくやれなければ、より適した人間にやらせる。プロの経営者を招き入れることも検討する)。」そして「做生意不是玩过家家(ビジネスはごっこ遊びじゃない)。」
6ヶ月以内に2度の資金調達、中国を代表する2つのテクノロジー企業による出資。それがこのギャップへの答えだ。「只要能留在牌桌上,就好过被扫出去(牌桌に残り続けられるだけで、追い出されるよりはるかにいい)。」陳波の言葉は、虚勢ではなく冷静な現状認識から来ている。
AM Insight Asia の視点
この調達シーケンスの速さ、11月にDJI、4月に美団、は単なる資本投入以上のものを反映している。DJIからは資金とエンジニアリング方法論を得て課題への処方箋を手にした。美団からはその処方箋を実行するためのさらなる資金を得た。2つのラウンドは別々の調達ではなく、一つの戦略的転換の連続した2ステップだ。
際立つのは、発表のトーンだ。資金調達の発表というのは通常、「我々は市場をリードしている」「この資金でさらに加速する」という前向きな言葉で固められる。しかし陳波が36Krに語ったのはまったく異なる話だった。「努力が足りなかった」「自分が足を引っ張るくらいならバトンを渡す」。そしてそれが言い訳でも謙遜でもなく、現状分析として筋が通っている。構造的な問題を認めた上で、創業チーム自身がその解決に最適ではないかもしれないと公言する。どの市場においても稀な誠実さであり、中国のハードウェア業界ではほとんど前例がない。
しかしこれは悲観の話ではない。直すべき部分を直し、変えるべき部分を変え、新しい形で挑戦する。その意志が、この発言の背後にある。弱点を正確に言語化できる組織は、その弱点を修正できる組織でもある。越境ECのSTEMキット販売から始まり、3Dプリンターへのピボットを経てレジン市場のグローバルNo.1を取った会社が、次の転換点に立っている。虚勢ではなく冷静な分析の上での再出発、その誠実さと自己認識の鋭さに、AMIAはこういった企業を心から応援したいと思う。
アジアの消費者向け3Dプリンター市場を注視するバイヤー、ディストリビューター、パートナー企業にとって、ここから読み取るべきシグナルは明確だ。ELEGOOは支配的地位を固めようとしているのではない。正確な自己診断を武器に、牌桌(テーブル)に残り続けるために戦っている。その戦いの行方は、今後2〜3年で答えが出る。
最後に、これほど率直で深みのある発言を引き出した36Krの記者・张子怡(Leslie)に、心から賛辞を送りたい。






